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10月, 2026の投稿を表示しています

皿の下げ方で人生を考える

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タイトルちょっと大げさ 57歳、元スーパーの店長。25年間勤めたスーパーを退職し、ただいまタイミーやら声をかけてもらった場で色々と体験中。 今回の舞台は、声をかけてもらった、とあるゴルフ場。仕事はレストランでの食器の片付けやグラス洗い。 実はここ、初めて働いたときの印象がなかなかよかった。景色もいいし、仕事内容もそれほど難しくない。なのでお声がけしてもらって2つ返事でお願いすることに 57歳、まだまだ需要があるじゃないか! ところが。人生、そう簡単にはいかないのである。 現れたのは、水色おばさん。 今回も、せっせとお皿を片付ける私。 主任さんからは、「自分の思うように下げていいですよ」と言われていた。 ありがたい。自分で考えて動ける。 何しろ私、25年間スーパーで働いてきた女である。状況を見て動くことくらい、できますとも。 ……と思っていたら。 現れました。水色おばさん。 この方、とにかく皿の下げ方にこだわりがあるらしい。 ああしろ。こうしろ。それは違う。何とも細かい。 いや、教えていただくのはありがたいんですよ。初めての職場なんだから、そこのやり方もあるでしょう。 でもね。 何回言うねーーーん!!(笑) こちらが仕事をしている間も、ネチネチ、ネチネチ。 そして、とうとう。 「これをこんなに置けば、洗いのおばさん達が大変でしょ!」 ……。 さすがに私も言い返した。 「私が出しますから!」 別に喧嘩を売っているわけではない。洗う人が大変だというなら、自分で運ぶ。それだけの話である。 ところが、何だろう。この、何とも言えない気持ちは。 私は今、皿の下げ方ひとつで、こんなに言われているのか。 57歳。元スーパーの店長。ただいま、皿の置き方で指導を受けております。 ……いや、肩書きは関係ないんですけどね!(笑) 主任さんの衝撃のひと言 そんな中、主任さんから言われた言葉がある。 「あの水色がうるさいですけど、気にしないで」 ……。 水色? 水色って!!(笑) 名前じゃないんかーーい!! どうやら、あの方は主任さんからも「うるさい」と認識されているらしい。 しかも、名前ではなく服の色で表現されるという、なかなかの存在感。 なるほど。私だけが気にしすぎているわけではなかったのか。 それにしても。 ...

都合のいい人?それとも、来てほしいひと?

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  タイミーで行ったゴルフ場レストラン 帰り際に、職場の方からこんなことを言われた。 「こちらから連絡したときに来てもらうとかって可能ですか?」 おっ!これは!また来てほしいと思ってもらえているのね。 よっしゃ!単純なおばちゃんは、ちょっと嬉しくなった。 ところが、ある日。 同じ職場に来ていたタイミーさんと話す機会があった。何気なく「ここから、また来てほしいって言われませんでした?」と聞いてみた。すると、やっぱりその人も声をかけられていたらしい。 あっ、そうなんだ。私だけじゃなかったのね。 まあ、そりゃそうか。別に私が特別優秀なわけでもないし。そんな話をしているとその人がこんなことを言い出した。 「暇だったら30分早く上がらされたりするでしょ。30分でも時給がねー」 そして、「タイミーにはそれができないでしょ?だから都合よく使われるだけよ」 なるほどねー。そういう見方もあるのか。 声をかけてもらって、よっしゃ!と喜んでいた単純なおばちゃん。ちょっと考えてしまった。 確かに、職場にとっては必要なときに来てくれる人がいればありがたい。でも、こちらにも都合がある。30分だって立派なお給料だ。 そう考えると、なかなか複雑な話ではある。 実は私、以前の職場ではタイミーさんを受け入れる側だった。 だから、受け入れる側の気持ちもわからなくはない。 スーパーの店長のころはタイミーさんをよく見ていた。人員確保のためにね 仕事ができるか。指示を聞いてくれるか。周りとうまくやれるか。言ってみれば、ちょっとした選別の目。 そんな中、パートさんですか?と思うくらい、頻繁に入ってくれる人がいた。ただ、正直に言うと、その人は私の好みのタイプではなかった。仕事ができる、できないとはまた別の話。 人間、相性というものもある。 しかも、その人はあまりにも頻繁に入っていたせいか、とうとう私に「募集を出してほしい」 と頼んでくるようになった。 えっ?そこまで要求する?ちょっと驚いたのを覚えている。 そんな私が、今度はタイミーで働く側になった。以前は選ぶ側。今は選ばれる側。 立場が変わると、見えてくるものも違う。 そして、今回の出来事で改めて考えた。 私は、都合のいい人になりたいわけじゃない。 もちろん、声をかけてもらえるのは嬉しい。 仕事を覚えて、また来てほしいと思ってもらえるのはありがたいことだ...

「何が楽しくて生きてるの?」と言われた私

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  今から15年ほど前のこと。 夫の関係で、奥様方と集まる機会があった。 いわゆる奥様会というやつである。 皆さん、食べ歩きがお好きなようで、あそこのお店が美味しい、ここのランチがどうのと、話が盛り上がっていた。 私はというと、昔から食べ歩きにはそれほど興味がない。知らないお店の話に、特に口を挟むこともなく、黙って聞いていた。 すると、ある奥様から突然こんなことを言われた。 「あなた、何が楽しくて生きてるの?」 えっ? 一瞬、何を言われたのかわからなかった。そして、何と返せばいいのかもわからなかった。 ただ、悲しかった。 実はその頃、私には私なりの楽しみがあった。 推し活である 好きなアーティストのライブに出かけ、遠征もしていた。SNSで知り合った人たちとの交流もあった。それはそれは楽しかった。 ライブ会場の照明が落ちる瞬間。 あの何とも言えない高揚感。 今思い出しても、鳥肌が立つくらい。 でも、その奥様方にそんな話をする気にはなれなかった。何となく、理解してもらえないような気がしたから だから黙っていただけ。 なのに、何が楽しくて生きているのかと聞かれてしまった。そもそも、どうしてそんなことを人に言えるのだろう。 ただ、当時の私は言い返すこともできなかった。 それどころか、心のどこかで、 「やっぱり、私はつまらない人間なんだ」 と思ってしまった。 もともと、自分の人生をつまらないものだと感じていたところもあった。 だからこそ、あの一言は深く刺さった。 そして、何年たっても忘れられなかった。 その後、私は仕事中心の生活になっていった。スーパーで25年間働き、後半の10年は正社員として、朝から晩まで仕事、仕事。何だか楽しく生きてない自分はせめて仕事だけでも打ち込もうとでも思ってしまったのかもしれない。 家のことも、自分のことも後回し。楽しみだったライブからも、いつの間にか遠ざかっていた。 そして意図せず57歳で退職。 辞めた直後は、自由になったはずなのに、何をしたらいいのかわからなかった。スーパーに買い物へ行くことさえ、つらい時期もあった。朝起きても、何のために起きるんだろうと思う日もあった。 そんな私が、少しずつ変わってきた。 ウォーキングを始め、家の片付けをして、料理をして。 母のところへ出か...

元スーパーの店長、今度はゴルフ場のレストランへ出陣

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元スーパーの店長 半年ぶりのレジ業務に気をよくしてw次に選んだ地は おばちゃんには無縁な世界だったゴルフ場 富裕層のする趣味のイメージが強すぎて これも タイミーだからこそ経験できるわけで そんなこんなで 仕事内容は「バッシング中心」。お客様が食事を終えたあとの食器を下げたり、テーブルを片づけたりする仕事らしい。 これなら何とかなるでしょ。そんな気持ちで申し込んだ。 そして迎えた初出勤。 まず印象に残ったのが、景色のよさだった。 広々とした緑の景色。普段の生活ではなかなか味わえない開放感がある。 へぇー、ゴルフ場ってこんなに気持ちのいいところなんだ。 仕事に来たはずなのに、ちょっと得した気分になった。 この日は私のほかにも、タイミーで来ている人が2人いた。 自分だけじゃないと思うと、何となく心強い。初めての職場でも、少し気持ちが楽になる。 長年スーパーで働いてきたとはいえ、レストランの仕事はまた別物。初めてのこともあるけれど、教えてもらいながら動いていく。 こうして違う仕事を経験できるのも、タイミーの面白いところだと思う。 以前の私なら、仕事といえばスーパー一筋。ほかの職場がどんなところなのか、知る機会もほとんどなかった。 それが今では、旅館に温泉施設、そしてゴルフ場。 57歳にして、なかなか面白い経験をしているじゃないか。 しかも、ここは景色がいい。 忙しく働く時間もあるけれど、ふと目に入る緑の景色が何とも気持ちいい。 こういう場所で働くのも悪くないな。 そして無事に勤務終了。 初めてのゴルフ場勤務だったけれど、仕事の内容もわかったし、また来てもいいかなと思えた。 25年間、ひとつの職場で働いてきた私。 あの頃は、まさか自分がタイミーであちこちの職場を経験するなんて、想像もしていなかった。 でも、こうして知らなかった世界を少しずつ覗いてみるのも、案外楽しい。 57歳、元スーパー店長。今度はゴルフ場デビューまで果たしてしまった。ゴルフはしてませんけど さて、このゴルフ場。 このときの私は、まだ知らなかった。 後日、ここでなかなか強烈な人物に出会うことになるとは……。 それは、また別のお話。

元スーパーの店長半年ぶりにレジ業務へ

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25年間勤めたスーパーを辞めて、約半年。 まさか、またスーパーのレジに立つ日が来るとは。あれだけ仕事に疲れ果てて辞めたのに、タイミーで申し込んだのは、なんとスーパーのレジ。我ながら、何を考えているんだろう。 でも、ちょっと試してみたかった。長年やってきた仕事。今の私にも、まだできるのかな? そんな気持ちもあった。 そして迎えた勤務当日。 久しぶりのレジだったけれど、いざ始めてみると、意外と体が覚えている。商品を通して、お会計をして、次のお客様へ。 あら、普通にできるやん。 そりゃそうだ。25年もスーパーにいたんだから。 そして、何より嬉しかったのが、職場の方からのひと言。 「かなりのベテランさんですよね?」 えっ、わかります? そうなんです。実は私、かなりのベテランなんです。 ……とは言わなかったけれど、心の中ではすっかり有頂天。単純なおばちゃんである。おばちゃん一見するとおとなしめに見られ何もできないように見られがち だから初見で入った時、案内してくれたスタッフからも レジ経験ありますよね?と疑いのような目を向けられた気がする(笑) それが あの言葉を言われ どう?こんな逸材だとは思わなかったでしょーーなんてね でも、こうやって仕事ぶりを認めてもらえるのは、やっぱり嬉しい。 そして、もうひとつ気づいたことがあった。 責任者じゃないって、こんなに気楽なんだ。 以前なら、レジに立っていても店全体のことが気になっていた。人手は足りているか。誰か困っていないか。何かトラブルは起きていないか。いつも頭のどこかで、そんなことを考えていた。 でも、今日は違う。 私の仕事はレジ。それだけ。 店全体を心配する必要もなければ、何もかも自分で背負う必要もない。知らないことは、知らないと言えばいい。 なんて気楽なんだろう。 ただし、4時間ぶっ通しのレジは、さすがに疲れた。長年の経験があっても、体力は別問題。しかも ぶっ通しの上にほぼ放置 ふと前職のレジ担当のことを思いだす。それはそれは何て言うか 黙ってレジ打てそれが仕事やろとは思っていても言えなかった元店長(笑)やれレジは離れられん 気をきかして交代しに来いだの 売り場でメーカーと仕事の話をしていてもレジが大変なのに 何しゃべっとるだの キーキーうるさかったなーー田舎のボス猿さん。 こちらのお店 ...

やっぱり接客? ところがクリスマスの悪夢がよみがえる

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  57歳元スーパーの店長。今度はカフェに採用されました 望んでもいない店長の辞令を受け、わずか2か月で退職。勤続年数は25年、65歳まで働くつもりだった私が、まさかの無職生活。 落ち込んで、落ち込んで。 ようやく少しずつ元気を取り戻し、タイミーで社会復帰を始めた。 そして、人生初のタイミー。旅館の客室清掃に挑戦! ……したのはいいのだが。 待っていたのは、ヒステリックなリーダーだった。 メモを取ろうとすれば怒られ、突然テストまで始まる。いや〜、参りました そこで、ふと思った。 私、やっぱり接客のほうが向いてるんじゃない? 何しろ25年間、スーパーで働いてきた女である。レジも接客も、お客さんへの対応も、ひと通り経験してきた。 もちろん理不尽なクレームはもうごめんだ。 でも、知らない仕事を一から覚えて、あんなふうに言われるくらいなら……。 慣れた接客のほうが、案外いいのかもしれない。そんなことを考え始めた頃。 見つけたのである。 リニューアルオープンする菓子&カフェの求人! おおっ! カフェ!何だか響きがいいじゃないか しかもリニューアルオープン。 これが気に入った。 既存のスタッフばかりの職場に、一人だけ新人として入るのとは違う。みんなが新しいスタートを切る。 これなら、57歳の私も入りやすいんじゃない?うん、悪くない。 何だか久しぶりに、ちょっとその気になってきた。その気になると行動は早いのである よし面接に行ってみよう! こうして元スーパーの店長。 今度はカフェの面接に挑戦することになった。 そして、面接。 久しぶりに、採用される側として臨む。以前は店長として働いていた私が、今度はパートの応募者である。 いや〜、人生って分からないものだ。 でも、働こうと思って自分から動けるようになった。 少し前まで、朝起きることさえつらかった私が。それだけでも、ずいぶん変わったものだと思う。 そして後日。 採用 おおーーー!57歳、まだまだいけるじゃないか! 25年間の経験も、ちゃんと無駄ではなかったのかもしれない。やっぱり接客で再スタートするのも悪くない。 ……と思った。 ところが。 ここから、私の頭の中で何やら警報が鳴り始めた。 ん? ちょっと待てよ? 菓子&カフェ。 お菓子を販売するお店...

メモ禁止もテストもなし!えっ、こんなに気持ちよく働けるの?

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57歳、元スーパーの店長。 現在、タイミーで社会復帰を目指しているおばちゃんです。 さて、人生初のタイミー 旅館の客室清掃に挑戦した結果、見事に洗礼を浴びた私。メモを取ろうとすれば怒られる。突然テストは始まる。そして、終始ヒステリックなリーダー。 いや〜、なかなか強烈な初体験だった しかし! あんなことでめげてはいられない。何しろ私は25年間、スーパーという名の戦場で働いてきた おばちゃんである。 理不尽なクレームもクセの強い人間も、それはもう山ほど見てきた。だからこそ、もう勘弁してほしいんですが さて、今回の勤務先は とある 温泉施設 仕事内容は、もちろんお風呂掃除。勤務時間は午前中のたったの2時間 しかも、自宅から車で約5分。近い!これはありがたい。 長年、朝から晩まで仕事に追われていた私にとって、2時間だけ働くというのは、何だか不思議な感覚である。 よし!今度こそ平和に働かせてくれー そんな思いで、いざ出勤。 さて、もちろんだが今回も初めての職場 当然、仕事の流れは分からない。まずは教えていただかなくては 前回の教訓もある。 そこで、恐る恐る聞いてみた。 「メモ、取らなくても大丈夫ですか?」すると、 「取らなくても大丈夫ですよ」 ……え?それだけ?怒られないの?「見て覚えて!」とか言われないの? 突然テストが始まったりしないの? しないのである! 何と平和な職場だろう。 いや、これが普通なのかもしれない。しかし、前回が前回だっただけに、妙に感動してしまう57歳 そして、お仕事開始。お風呂掃除を黙々とこなしていく。難しい仕事ではない。掃除機をかける仕事もあった。 教えてもらったことを、順番にやっていく。 誰かの顔色をうかがう必要もない。 余計な気を遣う必要もない。 ただ、目の前の仕事に集中する。これが実にいい。 考えてみれば、25年間ずっと接客業。お客さんの対応。クレーム処理。従業員のこと。売上のこと。 次から次へと仕事が舞い込んでくる毎日だった。 それが今はどうだ。 おばちゃん ただひたすらお風呂を掃除しております ! しかも、これがなかなか気持ちいい。途中、水分補給の時間があった。そこで、前回の旅館での出来事を少し話してみた。 すると、 「厳しいって聞きますよ」 ……えっ! そうなの? ...

57歳、初めての客室清掃。メモ禁止に突然のテストって何なのよ!

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57歳、元スーパーの店長。 25年間勤めたスーパーを退職し、しばらくは落ち込む日々が続いていた。それでも、少しずつ家事を始め、ウォーキングを始め、ようやく普通の生活を取り戻してきた。 そして、ある日。 スマホで見つけた「タイミー」。 実は私、タイミーとは無縁ではない。前職ではタイミーさんに来てもらう側だったのだ。 人手が足りないとき、数時間でも手伝ってもらえるのは本当にありがたい。 もちろん、こちらも忙しい。教える余裕がなくて、つい「あー、もう!」なんて態度になったこともある。 実際、パワハラだと言われた経験だってある。だから、教える側の大変さも分かっているつもりだ。 そんな私が、今度は教えてもらう側になる。 立場逆転である 履歴書不要。面接不要。数時間だけ働いて帰れる。 ほほう。 よし!57歳、社会復帰してみるか! こうして人生初のタイミーに応募した。 行き先は、ある温泉宿。仕事内容は客室清掃。勤務時間は5時間。 実は、旅館の客室清掃は今後の仕事の候補として考えていた。接客から離れて、裏方の仕事をしてみたい。まずはタイミーで体験してみよう。 25年間スーパーで立ち仕事をしてきた私。体力にはそこそこ自信がある。 掃除なら何とかなるでしょ! ……と思っていた。 甘かった。 いや、仕事そのものがどうこうというより。 人である 。 いたのだ。 初めての職場で、いきなり遭遇してしまった。 なかなか強烈なリーダーさん。 そして、それ以上に強烈だったのが、その物言い。 まあ〜、圧が強い。 仕事を覚えようと、メモを取ろうとした私。 すると、 「メモより見て覚えて!」 ……は? いやいやいや。 私、今日が初日なんですけど? しかも、たった5時間のタイミーなんですけど? 忘れないようにメモを取ろうとしただけなんですけど? それが、そんなにいけませんかね?しかもメモとペンってタイミーでの持ち物で基本では?うん 仕事教えてもらう側だと メモを、とるって基本だと思っていた私は 初っ端からどうにも 雲行きの怪しさを感じた。 最初からこの調子で何をするにもピリピリ。終始ヒステリック 他のスタッフさんは普通に接してくれたのが、せめてもの救いだった。 ところが、このリーダーさん。ただ仕事を教えるだけでは終わらない。 突然、...

『プロローグ店長を辞めました』

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〜25年間の仕事を失った私が、もう一度歩き出すまで〜 57歳。私は、25年間勤めたスーパーを辞めた。 正確に言えば、辞めるつもりなんてなかった。65歳までは働こうと思っていた。 それまでずっと、仕事中心の生活を送ってきた。朝から晩まで働いて、帰ってきたらぐったり。休みの日は、次の仕事に備えて体を休める。それでも、それが私の日常だった。 忙しくても、腹の立つことがあっても、私は自分なりに仕事を続けてきた。25年間。決して短い時間ではない。 そして、最後の最後に店長になった。 ……いや、なってしまった、と言ったほうが近いかもしれない。 望んでいたわけではなかった。それでも辞令が出た以上、やるしかない。そう思って引き受けた。今までだって、そうやってきたのだから。 何でも引き受けてきた25年間。 私は昔から、人に頼るのが得意ではなかった。 困ったことがあれば、自分で何とかする。誰かがやらなければ、自分がやる。仕事でも、そんなことを繰り返してきた。 気づけば、いろんなことを背負っていた。それが当たり前になっていた。 でも、当たり前なんかじゃなかったのだと思う。 店長になってからの2か月間。いろんなことが重なり、私はとうとう仕事を辞めることになった。たった2ヶ月というなかれ日々の責任の重圧に押し潰されそうになりそれはそれは葛藤の日々だった。辞めてどうする 店長の肩書き手放すの? そんな日々の中、友だちからの電話でつらい胸の内を話しているうちに、号泣してしまった。 いつもはくだらない話ばかりして、お互いに「ばばあ、ばばあ」と言い合って笑っていた。そんな私の異変に気づいた友だちは、こう言った。 「すぐに辞めな。そんなところ、あなた一人が責任を背負う必要ないわよ。しかも押し付けられてるだけだもの」 その言葉にも背中を押され、25年間続けてきた仕事に終止符を打った。 辞めたら楽になる。もう、あの大変な毎日から解放される。そう思っていた部分もあった。 ところが、現実はそんなに簡単ではなかった。 まずは、25年分の家のこと。 退職してすぐの私は、何もしていなかったわけではない。むしろ、やることは山ほどあった。 長年、仕事を理由に後回しにしてきた家のこと。気になっていた場所の片づけや断捨離。 あれも捨てよう。これも整理しよう。 今まで見て見ぬふり...