『プロローグ店長を辞めました』



〜25年間の仕事を失った私が、もう一度歩き出すまで〜

57歳。私は、25年間勤めたスーパーを辞めた。

正確に言えば、辞めるつもりなんてなかった。65歳までは働こうと思っていた。

それまでずっと、仕事中心の生活を送ってきた。朝から晩まで働いて、帰ってきたらぐったり。休みの日は、次の仕事に備えて体を休める。それでも、それが私の日常だった。

忙しくても、腹の立つことがあっても、私は自分なりに仕事を続けてきた。25年間。決して短い時間ではない。

そして、最後の最後に店長になった。

……いや、なってしまった、と言ったほうが近いかもしれない。

望んでいたわけではなかった。それでも辞令が出た以上、やるしかない。そう思って引き受けた。今までだって、そうやってきたのだから。


何でも引き受けてきた25年間。

私は昔から、人に頼るのが得意ではなかった。

困ったことがあれば、自分で何とかする。誰かがやらなければ、自分がやる。仕事でも、そんなことを繰り返してきた。

気づけば、いろんなことを背負っていた。それが当たり前になっていた。

でも、当たり前なんかじゃなかったのだと思う。

店長になってからの2か月間。いろんなことが重なり、私はとうとう仕事を辞めることになった。たった2ヶ月というなかれ日々の責任の重圧に押し潰されそうになりそれはそれは葛藤の日々だった。辞めてどうする 店長の肩書き手放すの?

そんな日々の中、友だちからの電話でつらい胸の内を話しているうちに、号泣してしまった。

いつもはくだらない話ばかりして、お互いに「ばばあ、ばばあ」と言い合って笑っていた。そんな私の異変に気づいた友だちは、こう言った。

「すぐに辞めな。そんなところ、あなた一人が責任を背負う必要ないわよ。しかも押し付けられてるだけだもの」

その言葉にも背中を押され、25年間続けてきた仕事に終止符を打った。

辞めたら楽になる。もう、あの大変な毎日から解放される。そう思っていた部分もあった。

ところが、現実はそんなに簡単ではなかった。


まずは、25年分の家のこと。

退職してすぐの私は、何もしていなかったわけではない。むしろ、やることは山ほどあった。

長年、仕事を理由に後回しにしてきた家のこと。気になっていた場所の片づけや断捨離。

あれも捨てよう。これも整理しよう。

今まで見て見ぬふりをしていたところに、ようやく手をつけられた。

仕事をしていた頃は、家のことまで十分に手が回らなかった。だから、最初のうちはそれなりに忙しかった。

少しずつ家が片づいていく。やっと、こういうことができる時間ができたんだ。そう思っていた。

ところが、ある程度片づいてしまったのである。

すると、どうだろう。

朝、目が覚める。そして、ふと思う。

「……今日、起きて何する?」

昨日までは、片づける場所があった。今日は? 明日は?

仕事に行く予定もない。誰かに必要とされる用事もない。一日が、ただ長い。

あれほど欲しかった自由な時間。

なのに、その時間をどう使えばいいのかわからなかった。


社会から切り離されたような気がした。

25年間、私は働いてきた。

毎日、職場に行けば人がいた。嫌なことも山ほどあった。理不尽なことだってあった。それでも、そこには自分の役割があった。

ところが、仕事を辞めた途端、それがなくなった。

朝起きても、行く場所がない。今日、自分を待っている仕事もない。

社会とのつながりが、ぷつんと切れてしまったような気がした。

そして、そんな自分が情けなくなった。

仕事を辞めたら、もっと気楽に暮らせると思っていたのに。私はいったい、何をしているんだろう。

25年間も働いてきたのに、仕事がなくなっただけで、こんなにも自分の居場所がわからなくなるなんて。

情けなかった。悔しかった。そして、寂しかった。


スーパーに買い物に行くのさえ、つらかった。

もうひとつ、自分でも戸惑ったことがある。それは、スーパーに買い物に行くことだった。

25年間、毎日のようにいた場所。商品が並ぶ売り場。レジの音。働いている人たちの姿。

以前なら、何でもない光景だった。

それなのに、買い物に行こうとすると胸が苦しくなる。

もう自分は、あちら側の人間ではない。そう感じてしまうのか。それとも、仕事のことを思い出すからなのか。

自分でも、うまく説明できなかった。ただ、苦しかった。

スーパーで25年間働いてきた私が、スーパーに買い物に行くのもつらい。

そんなことになるなんて、思ってもみなかった。

辞めたら全部終わると思っていた。でも、体は職場を離れても、心はまだ離れられていなかったのかもしれない。


57歳、歩き始める。

そんな日々が続いたある日、私はウォーキングを始めた。

大きな決意があったわけではない。とにかく、このままではいけない。少しでも体を動かしてみよう。そんな気持ちだった。

最初は、ただ歩くだけ。でも、外に出て歩いていると、少しずつ気分が変わってきた。

今日は昨日より長く歩けた。少し体が軽くなった。そんな小さな変化が、うれしかった。

やがて、以前は気が重かったことにも、少しずつ向き合えるようになった。

買い物に行く。料理をする。美容院に行く。そんな何でもない日常が、少しずつ戻ってきた。

朝きちんと起きる生活が整うまで、退職してから約5か月かかった。

5か月。自分でも、ずいぶん時間がかかったと思う。でも、それだけ時間が必要だったのだろう。

そして私は、ようやく次のことを考えられるようになった。

「そろそろ、少し働いてみようかな」


そして、タイミーという世界へ。

とはいえ、また以前のように働く気にはなれなかった。

25年間、接客の仕事をしてきた。もうしばらくは、あの世界から離れていたい。

できれば短時間。責任を背負い込まず、自分の仕事を終えたら帰る。そんな働き方がしたかった。

そこで目に留まったのが、単発の仕事ができるタイミーだった。

旅館の客室清掃。お風呂掃除。ゴルフ場のお仕事。

今まで経験したことのない仕事が、いろいろある。

57歳。元スーパー店長。

今さら初めての仕事なんて、大丈夫だろうか。不安はあった。でも、ちょっとだけ興味もあった。

そして私は、思い切って最初の仕事に申し込んだ。

これが、なかなかの幕開けになるとは、このときの私はまだ知らない。

……世の中、いろんな人がいるものである スーパーで色々な人を見てはきたが まだまだいる だから面白い


57歳、人生はまだ続く。

私は今でも、退職してよかったと簡単に言い切れるわけではない。

25年間働いてきたことも、辞めることになった悔しさも、なかったことにはできない。

でも、あの頃の私と今の私は、少し違う。

一人で喫茶店に入ってみたり、知らなかった場所へ出かけてみたり、初めての職場でいろんな人に出会ったり。

以前なら考えもしなかったことを、少しずつ楽しめるようになってきた。

そして、こんなブログまで始めようとしている。

まさか57歳になって、自分の人生を文章にする日が来るとは。人生、わからないものである。

これから先、どうなるかなんてわからない。また嫌なこともあるだろう。落ち込む日だってあると思う。

でも、ひとつだけ。

もう、何でも自分一人で背負い込む生き方はしたくない。

今度は、自分のためにも時間を使ってみたい。誰かの期待に応えるためだけではなく、自分が面白いと思えることを見つけたい。

25年間、仕事に追われてきた私。57歳になって、ようやく自分の人生に目を向け始めた。

遅いのかもしれない。でも、まだ間に合う。そんな気がしている。

57歳、店長辞めたら人生おもしろくなってきた。

これは、そんな私の第二の人生の記録である。

笑える話も、腹の立つ話も、ちょっと泣ける話も。どうぞ、気楽にお付き合いください。

さて、まずは人生初のタイミー。

元スーパー店長、旅館の客室清掃に出陣です!

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