癒し リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ - 10月 21, 2026 仕事を辞めるか悩んでいたときも 辞めてから社会との、繋がりをみずから手放したことはの後悔やら色々な気持ちから精神的に落ち込んでしまっていた時も この子達がいたから何とかなった我が家を征服しにきた にゃん星人たち癒しをいつもありがとう😆💕✨ビッグボディ健康が心配?きちんとみてもらっておりますのでご安心を。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ
『プロローグ店長を辞めました』 - 10月 09, 2026 〜25年間の仕事を失った私が、もう一度歩き出すまで〜 57歳。私は、25年間勤めたスーパーを辞めた。 正確に言えば、辞めるつもりなんてなかった。65歳までは働こうと思っていた。 それまでずっと、仕事中心の生活を送ってきた。朝から晩まで働いて、帰ってきたらぐったり。休みの日は、次の仕事に備えて体を休める。それでも、それが私の日常だった。 忙しくても、腹の立つことがあっても、私は自分なりに仕事を続けてきた。25年間。決して短い時間ではない。 そして、最後の最後に店長になった。 ……いや、なってしまった、と言ったほうが近いかもしれない。 望んでいたわけではなかった。それでも辞令が出た以上、やるしかない。そう思って引き受けた。今までだって、そうやってきたのだから。 何でも引き受けてきた25年間。 私は昔から、人に頼るのが得意ではなかった。 困ったことがあれば、自分で何とかする。誰かがやらなければ、自分がやる。仕事でも、そんなことを繰り返してきた。 気づけば、いろんなことを背負っていた。それが当たり前になっていた。 でも、当たり前なんかじゃなかったのだと思う。 店長になってからの2か月間。いろんなことが重なり、私はとうとう仕事を辞めることになった。たった2ヶ月というなかれ日々の責任の重圧に押し潰されそうになりそれはそれは葛藤の日々だった。辞めてどうする 店長の肩書き手放すの? そんな日々の中、友だちからの電話でつらい胸の内を話しているうちに、号泣してしまった。 いつもはくだらない話ばかりして、お互いに「ばばあ、ばばあ」と言い合って笑っていた。そんな私の異変に気づいた友だちは、こう言った。 「すぐに辞めな。そんなところ、あなた一人が責任を背負う必要ないわよ。しかも押し付けられてるだけだもの」 その言葉にも背中を押され、25年間続けてきた仕事に終止符を打った。 辞めたら楽になる。もう、あの大変な毎日から解放される。そう思っていた部分もあった。 ところが、現実はそんなに簡単ではなかった。 まずは、25年分の家のこと。 退職してすぐの私は、何もしていなかったわけではない。むしろ、やることは山ほどあった。 長年、仕事を理由に後回しにしてきた家のこと。気になっていた場所の片づけや断捨離。 あれも捨てよう。これも整理しよう。 今まで見て見ぬふり... 続きを読む
「何が楽しくて生きてるの?」と言われた私 - 10月 11, 2026 今から15年ほど前のこと。 夫の関係で、奥様方と集まる機会があった。 いわゆる奥様会というやつである。 皆さん、食べ歩きがお好きなようで、あそこのお店が美味しい、ここのランチがどうのと、話が盛り上がっていた。 私はというと、昔から食べ歩きにはそれほど興味がない。知らないお店の話に、特に口を挟むこともなく、黙って聞いていた。 すると、ある奥様から突然こんなことを言われた。 「あなた、何が楽しくて生きてるの?」 えっ? 一瞬、何を言われたのかわからなかった。そして、何と返せばいいのかもわからなかった。 ただ、悲しかった。 実はその頃、私には私なりの楽しみがあった。 推し活である 好きなアーティストのライブに出かけ、遠征もしていた。SNSで知り合った人たちとの交流もあった。それはそれは楽しかった。 ライブ会場の照明が落ちる瞬間。 あの何とも言えない高揚感。 今思い出しても、鳥肌が立つくらい。 でも、その奥様方にそんな話をする気にはなれなかった。何となく、理解してもらえないような気がしたから だから黙っていただけ。 なのに、何が楽しくて生きているのかと聞かれてしまった。そもそも、どうしてそんなことを人に言えるのだろう。 ただ、当時の私は言い返すこともできなかった。 それどころか、心のどこかで、 「やっぱり、私はつまらない人間なんだ」 と思ってしまった。 もともと、自分の人生をつまらないものだと感じていたところもあった。 だからこそ、あの一言は深く刺さった。 そして、何年たっても忘れられなかった。 その後、私は仕事中心の生活になっていった。スーパーで25年間働き、後半の10年は正社員として、朝から晩まで仕事、仕事。何だか楽しく生きてない自分はせめて仕事だけでも打ち込もうとでも思ってしまったのかもしれない。 家のことも、自分のことも後回し。楽しみだったライブからも、いつの間にか遠ざかっていた。 そして意図せず57歳で退職。 辞めた直後は、自由になったはずなのに、何をしたらいいのかわからなかった。スーパーに買い物へ行くことさえ、つらい時期もあった。朝起きても、何のために起きるんだろうと思う日もあった。 そんな私が、少しずつ変わってきた。 ウォーキングを始め、家の片付けをして、料理をして。 母のところへ出か... 続きを読む
元スーパーの店長半年ぶりにレジ業務へ - 10月 10, 2026 25年間勤めたスーパーを辞めて、約半年。 まさか、またスーパーのレジに立つ日が来るとは。あれだけ仕事に疲れ果てて辞めたのに、タイミーで申し込んだのは、なんとスーパーのレジ。我ながら、何を考えているんだろう。 でも、ちょっと試してみたかった。長年やってきた仕事。今の私にも、まだできるのかな? そんな気持ちもあった。 そして迎えた勤務当日。 久しぶりのレジだったけれど、いざ始めてみると、意外と体が覚えている。商品を通して、お会計をして、次のお客様へ。 あら、普通にできるやん。 そりゃそうだ。25年もスーパーにいたんだから。 そして、何より嬉しかったのが、職場の方からのひと言。 「かなりのベテランさんですよね?」 えっ、わかります? そうなんです。実は私、かなりのベテランなんです。 ……とは言わなかったけれど、心の中ではすっかり有頂天。単純なおばちゃんである。おばちゃん一見するとおとなしめに見られ何もできないように見られがち だから初見で入った時、案内してくれたスタッフからも レジ経験ありますよね?と疑いのような目を向けられた気がする(笑) それが あの言葉を言われ どう?こんな逸材だとは思わなかったでしょーーなんてね でも、こうやって仕事ぶりを認めてもらえるのは、やっぱり嬉しい。 そして、もうひとつ気づいたことがあった。 責任者じゃないって、こんなに気楽なんだ。 以前なら、レジに立っていても店全体のことが気になっていた。人手は足りているか。誰か困っていないか。何かトラブルは起きていないか。いつも頭のどこかで、そんなことを考えていた。 でも、今日は違う。 私の仕事はレジ。それだけ。 店全体を心配する必要もなければ、何もかも自分で背負う必要もない。知らないことは、知らないと言えばいい。 なんて気楽なんだろう。 ただし、4時間ぶっ通しのレジは、さすがに疲れた。長年の経験があっても、体力は別問題。しかも ぶっ通しの上にほぼ放置 ふと前職のレジ担当のことを思いだす。それはそれは何て言うか 黙ってレジ打てそれが仕事やろとは思っていても言えなかった元店長(笑)やれレジは離れられん 気をきかして交代しに来いだの 売り場でメーカーと仕事の話をしていてもレジが大変なのに 何しゃべっとるだの キーキーうるさかったなーー田舎のボス猿さん。 こちらのお店 ... 続きを読む