ゆーらゆらゆら 面倒くさい57歳②
私なんて、と思うくせに
長年勤めたスーパーで「あなた、あそこにいたかしら?」と言われたことが、今でも心に引っかかっている。いやいや かなーーりひっかかっている。
7年もいたのになーー。トータルそこのスーパーでは 3店舗で25年もいたのになーー
確かにレジにはほとんど入っていなかったし、お客さんに顔を覚えてもらう機会は少なかったのかもしれない。
でも、あの売り場を一生懸命考えて作っていたのは私なんだけどな。
25年間スーパーで働いてきた。
最後は望んでもいなかった店長になり、たった2か月で退職。
65歳まで働くつもりだったのに、思いもしない終わり方になった。
今はタイミーで働きながら、お気楽な生活ではある。
もう責任者なんて二度とごめんだ。
それなのに、昔のことを思い出すと、まだまだ気持ちが揺れる。
私は昔から人の目を気にする。
これから固定パートを探すにしても、近所だと知り合いに会うかもしれないから、できれば少し離れたところがいい。
そんなことを考えていた。
でも、ふと思った。
何をそんなに気にしているんだろう。そもそも知り合いも少ないのに
長年勤めていたスーパーでさえ「あなた、いたかしら?」と言われるような私なのに。
誰も私のことなんて気にしていないんじゃないの?
それなのに、私だけが周りの目を気にしている。笑えるし滑稽な話である。
何だかバカみたいだ。
そして、そんなことを考えているうちに、今度は自分が情けなくなってくる。
私って、そんなに存在感のない人間だったのかな。
誰の記憶にも残らないような、取るに足らない人間なのかな。また そこまで 深く考えてしまう。
自分で「私なんて」と思っているくせに、どこかには妙なプライドがある。
25年間、自分なりに頑張ってきたという思い。
売り場を考え、仕事に追われ、責任を背負ってきた。
それなりにやってきたつもりだった。
でも、世間から見たら、私なんてそんなものなのかもしれない。
そう思うと寂しい。
そして、もっとめんどくさいことに。
「私なんて」と言いながら、心のどこかでは誰かに言ってほしいのだ。
そんなことないわよーー!
あなたは頑張ってきたじゃない。
あの25年間は無駄じゃなかったじゃない。
そんな言葉を、どこかで待っている自分がいる。
だったら最初から自分に自信を持てばいいのに。
それができない。だって 店長を押し付けられたにせよ 一旦は引き受けて すぐに辞めてしまっているのだから……
人からどう思われるかは気になる。
忘れられていたら寂しい。
でも、今さら昔の肩書きを振りかざしたいわけでもない。何もナイナイ星人だから多少はあるのかもしれないが
ただ、あの頃の自分を少しは認めてほしい。
そして何より、自分自身が認めてあげたいのかもしれない。
辞めてよかったと思う気持ちは本当。
でも、あの25年間を思うと、まだ少し胸が痛む。ふとした瞬間に思い出し揺れ動いている。
57歳にもなって自分でも本当にめんどくさい。
いつか「誰が覚えていなくても、私はちゃんと頑張ってきた」と、何の迷いもなく思える日が来るのかな。
今はまだ、そこまで割り切れない。
だから、こうして書き残しておこうと思う。
私なんて、と思う自分も。
そんなことないわよ、と言ってほしい自分も。
どちらも、今の私だから。画像は我が家の癒し。
